※ 劇場版『閃光のハサウェイ』と『オデュッセイア』(映画、叙事詩)のネタバレを含むので、ネタバレは避けたい、という方は読まないでください。すみませんがお願いします。
※ペーネロペーの名前についての妄想は、本当に妄想でしかないです。そういう考え方をすれば私の中ですっきりするというだけなので、そのつもりでお願いします。
最近、涼しくなってきましたね。
私はといえば、全然駄目で、結構悲しい感じです。いつも通り、と言えばそうですが。
ただ、いいこともありました。
今日は映画『オデュッセイア』を観てきました。
観ることができてよかったです。
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『閃光のハサウェイ キルケーの魔女』も映画を観に行っていたのですが、
最近プライムビデオに来ましたね。小さい画面の方がモビルスーツの全体像が把握しやすいですね。戦闘シーンをちょっと戻しては、再生してどういう動きだったのかを確認したりしていました。
最近はクスィーガンダムもアリュゼウスも普通に売っていますね。通販でも買えますし。5年前は考えられなかったな。
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前々から、自分の中でうまく飲み込めていないことがあった。それが『ペーネロペー』の名前の意味というか由来についてだ。素体である『オデュッセウスガンダム』に外装がつくことで、『ペーネロペー』という呼称になる。
叙事詩では『オデュッセウス』と『ペーネロペー』は夫婦だ。
それをガンダムに当てはめて考えると、夫が鎧を着ると妻の呼称になるということになって、今ひとつ納得がいかなかった。『オデュッセウスガンダム』は後から付け足された設定で、元々『ペーネロペー』でしかなかった、という話は聞いていた。
ただ今までは、これ以上深く考えなかった。そういうものなんだろうと思っていた。
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改めて考えてみるとそもそもどうして、王妃である『ペーネロペー』の名前を最新鋭の機体の名前にしたのかが分からない。『オデュッセウス』という名前の方が強そうでいいのではないかと思っていた。
映画で王妃はずっと王の帰りを待っていた。
それで観終わって、帰ってからふと思ったのが、『ペーネロペー』というのは王の帰りを待つ存在という意味でつけられたのではないか、ということだ。ペーネロペーは連邦軍の機体であるから、王というのは、『アムロ・レイ』、あるいはその再来のような存在を待っているという意味なのではないかと考えると納得がいった。(私の中で納得がいくというだけで、これが正しいとかではなくて、ただそう解釈したというだけです。ご注意ください)
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『マフティー・ナビーユ・エリン』の意味は『正当なる預言者の王』とされている。今調べて書いたのだけれど、実は今知るまで、正統だと勝手に思っていた。つまり後継者的なニュアンスが含まれていると考えていた。
『アムロ・レイ』が王であるならば、マフティーはその後継者のようなイメージがあると思っていた。クスィーはニューの次の文字ということもあって、尚更そう思っていた。ただ『キルケーの魔女』の中で描かれていたように、アムロ・レイの思想とマフティーの考えは似ていないように思える。
劇場版1作目で、『ケネス・スレッグ』大佐が、『ハサウェイ・ノア』(マフティー)にペーネロペーを任せるぞ、みたいなことを言っていたけれど、もし仮にそうなれば、『ペーネロペー』の名前に込められた願い(と私が思っているだけ)は成就されたのかもしれない。
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女神『キルケー』は1作目のセリフであったように太陽神の娘と言及されていて、意味深な感じがする。『オデュッセウス王』は帰還する際、女神の島で足止め……ちょっと私の能力では説明が難しいので、お手数ですがご自身で調べてみてください。
ちょっと文章にするのが、能力的に辛くなってきました。私の思い描いた印象を簡潔にまとめるとこういう感じになります。
オデュッセウス:アムロ・レイに近い存在、ハサウェイ・ノア
キルケー :ギギ・アンダルシア
ペーネロペー :王の帰還を待っている
帰還 :アデレードまでの旅
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もちろん合っている保証はくて、ただ私の妄想でしかない気がします。私の中ではこれが正解でいいんです。とにかくなぜペーネロペーなんだろう、ということに自分の中で決着がつけられてよかったです。
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読んでくださってありがとうございました。
『オデュッセイア』オススメです。お元気で。