「昔、蛍の写真を撮ったんです。でも現像してみたら何も写っていなかった」
(つまり、それは酷い誤解のたとえ?)
「ええ……」
テオドリクスの言葉が言霊として世界に作用したのか、黄色い光が辺りに点いたり消えたり、空を飛んでいました。
(蛍ね)
「綺麗ですね」それから、でも、僕のカメラでは撮ることができない。そう呟きました。
振り向くとメシエーの体に何匹かくっついていました。ブルブルと震わせると、その蛍がわっとあたりに散らばります。
(ねぇ、テレイザを呼んできてちょうだい)
「ですが……寝ていますよ。おそらく」
(起こしてあげたらいいじゃない。猫じゃないのだから。めったに見られないもの。起こさない方が可哀想だわ)
でも、とテオドリクスはまだぐずぐずしていました。
(大丈夫よ。あの子も美しいものを美しいと感じることはできるはず。そういう感性はまだ残っているはずだから)
まだ、というのが少し気になりました。
+
「テレイザ、夜光虫が来ています。綺麗ですよ。起きてみたらいいと思います」
ちいさな声でした。別に起きなければそれでもいい、というような。ですがテレイザは起きました。テオドリクスは相当離れたところから声をかけていました。家の対角というか。
「や……夜光虫?」口元を押さえて、怪訝そうにテオドリクスを見ました。
「あ……はい。ディートリヒが呼んできたらどうかって。綺麗なので」
しばらく見つめあって、別にふざけている様子もないし、とテレイザは考えて、壁際の本棚の百科事典を指さしました。
「夜光虫が来るわけがないでしょう。ここは海じゃないんだから」
テオドリクスは意味がよく理解できませんでした。海と夜光虫に何の関係が……。
ですが、意図を察して百科事典で夜光虫を調べてみることにしました。
+
テレイザは寝間着に毛皮のコートを羽織って外に出ました。
それを見て、というよりは感じたメシエーとディートリヒは駆け寄り、当然彼らをテレイザは撫でます。その後ろでテオドリクスはなんだか落ち込んでいました。
テレイザは周囲を見回し、当然、夜光虫ではなく蛍が飛んでいることを確認します。
(綺麗でしょう)とディートリヒが言い、メシエーは鼻を鳴らしました。
テオドリクスは夜光虫は蛍のことだとずっと思っていたのです。だから少し、恥ずかしかったのです。
テレイザは一応、テオドリクスに
「見られてよかった。起こしてくれてありがとう」と言いました。