「自分の見ている景色をそのまま伝えられたらいいんですけど、それができなくて、一度写真に撮って、これですって渡さないといけないんです」
(……)
「でも、現像された写真はなんか目で見たのと違うんですけど、もうこれ以上どうしようもないかなって、渡すんです。受け取った人はその写真しかわからなくて、僕がどんな風に見えていたかまではわからないんです」
(うーん。それは写真を撮る技術が低いから、習熟していないために生じる誤解なのかしら)
「そうですね、本当にみたまま写真を撮れる人もいるかもしれないですけど、ほとんどの人はそれができないんです」
+
「人間はお互いのことを完全に理解するのは無理なんです」
テオドリクス、膝の上に乗ったディートリヒに話しかける。メシエーは一定の距離をとって話を聴いている。
(そう? 思っていることをお互いすべて言ってしまえばいいんじゃないかしら)
「気持ちを言葉にするというのはある程度まではいけるんですか、完璧に伝えるのは難しいんです」
(……)
「適切な言葉を知らなかったり、そもそも自分の感情がどういったものなのか、自分でもわからなかったり」
判っていても、嘘をついたり、言わなかったり、あるいは最後まで聞いてくれなかったり。
(でも、私は最後まで聴くけれど、メシエーも)
その言葉にメシエーは耳をピクリと動かした。
「メシエー、優しいね」
テオドリクス、手を伸ばしてメシエーに触れようとするが、ディートリヒが動かないため届かない。また、メシエーもそれ以上近づくことはない。
+
(ねぇ、写真というよりは絵じゃないかしら)
「そうかも……嘘は、絵に近いかもしれませんね。こう、ある程度恣意的になるという意味で」
ディートリヒは話しながら、考える。
この男は私に全てを話すだろうか。
いや、きっと話さないだろう。しかし、結局優しさではある。
つまり、相互理解と優しさは必ずしも一致しない。
そう考えて、そのまま言ってみた。隠しても始まらないからだ。
「そうですね。そうです。言えないこと、言わない方がいいことは言いません。でもそれはあなたを騙して不幸にしたいわけではないんです。それだけは判ってください」
(もちろん)ディートリヒは当然のように答えて、メシエーは鼻を鳴らした。