夜
空に月と星、地上には遠くに羊の群れが見えている
テレイザの家の外
ディートリヒは仕事に出て、テオドリクスはメシエーを見つけてそばに座っている。
テオドリクスはメシエーを撫でようとするが、メシエーは一定以上に近づくことを許さない。
けれどテオドリクスを嫌っているわけでもない。
ただ、自分のような距離感のものもいた方が、おそらくはこの関係のバランスが取れると考えての行動。
+
空を指さしながら、ひとしきり言いたいことを言った男は静かになった。
ぼうっと空を見上げて、寝転んでいる。
羊をたまに気にしながら、この男について考える。
ディートリヒが巡礼の際に世話になったという。
おそらく嫌な奴ではないのだろう。
ディートリヒは俺のことを人見知りだと揶揄するけれど、あいつだって大概だ。
俺の人見知りは警戒から威嚇、という行動につながるが、あいつの場合は警戒から隠れるという行動につながる。
この男、さっきまで星がどうとか、ずっと話していた。
メシエコードがどうとか
メシエカタログがどうとか
月だの星だの、言われたところで、俺にはどれのことかわかるはずもないのに。
……いや、月ならわかるが。
大体、名前がメシエーだからといって……。
……たしか、ディートリヒのことも名前が同じだとか、なんとか。
言葉、概念、実際そこにあるものよりも、おそらくは表面を見ている。
表面の類似性をことさらに語って、おそらくそれ以上は踏み込んでこない。
その浅薄さと臆病さ、それがテレイザの気にいらないのだろう。
+
この男の性質、穴、影、夜。
いや、凹み、だろうか。
猫はそういった場所が好きだから、ディートリヒが懐くというのもある意味納得できる。
そして、テレイザはその凹みを許せないのだろう。
叩いたところで、矯正なぞできるものではないと、彼女なら判るだろうに、それでも言わずにはいられないのだろう。
そういうとき、テレイザは随分と子供じみて見える。あるいはお節介な母親、……違うな。まあいい。
+
しばらく後、ディートリヒが仕事を終えてこちらに走ってくる。
頬には血がついていた。ディートリヒは綺麗好きだが、ぬぐい切れていないのだろう。
この男はどんな反応をするのだろうか。少し興味があった。
テオドリクスは当然のように優しく抱き上げた。そしてディートリヒは男の顔に頬ずりをした。
「ディートリヒ、血が出ていませんか」
(いえ、大丈夫。それは返り血だから)
男は、ならよかった、と安心したように笑った。
少し意外だった。もう少し、なにか、幻滅のようなものを期待していたのかもしれない。
頬に血を付けたまま彼らは微笑んでいた。
なるほど、こいつは、こいつらはハウンズだと、納得した
本質的にディートリヒと同じなのだ。
俺はシェパードだが、こいつらはハウンズだ。
なんだ、と思う。この男はわかっているのだ。生きるとは結局そういう行為であると。
この男の凹みはそうして出来上がったものかもしれない。
テレイザが言っていたか。たしか……羊頭狗肉。