世界は残酷だと君は言ったけれど
これは嘘、ぼくには君の言葉が判らなかったから。
ぼくには君の方がよほど残酷のように思えた。
そんな人々の総体として、世界は残酷なのではないかと思ったけれど、やはりこの世界においては僕たちはかなり甘ちゃんな世界に属していて、だからそれでよいと思った。
カニのはさみの左手、ぼくはそう言った。
食べたいの、と君は訊いた。
これも嘘。
昔読んだ小説にこのフレーズがあったような気がするのだけれど、そしてそれは創作小説の神話体系の一部であったはずなのに、ネットで探しても何の手掛かりも出てこない。
あの頃から、今に至るまでの間に、なにかこう、世界が作り替えたのかもしれない。
僕は率直にそう言うと
君はそれはないと、優しく笑った。
もし世界を創り返す機会があったのなら、あなたは作られないはずだから。
それははなはだ同意できるし、そうであって欲しかったけれど、となるとカニのはさみはどう説明すればいい?
君は世界と自分、どちらが間違っているかと聞かれた時、迷わず世界が違うと答えるんだね。そう言って微笑んで、でもそれは違う。
ぼくの存在自体、きっと間違いだけれど、カニのはさみだけは、確かに存在していたはずの概念なんだ。
そう思いたいだけなんだ。
もういい、とぼくは言って空から降ってきた贖罪に身を沈める。
でもどうせ、うそなんだ。
ぼくは君と話すことはなかったし、どうせ間違っていて、だからこれからも間違っているんだ。
その間違いを世界は放置するほどに、世界は僕に無関心で、でもそんな世界のことを責める資格なんてない。
みんな大きなニュースに一時飛びついては、現実的な範囲の世界に回帰する。
それを一体、誰に責められるだろうか。
降ってきた贖罪の海を、だから、ぼくは溺れないように必死で泳いでみたけれど、泳ごうとしたけれど、ぼくは泳げなかった。
唯一、こんな自分に救いがあるとすれば、するならば、僕の体は浮かんでこないということだ。
重いからね。
ぼくは溺れて贖罪の一部となる。
その贖罪の中でカニのはさみの左手を探す。でもそれは見つからなかった。