約束だったから
これがその続きだ。
僕は約束を大切にする人間だ
いつも、交わした相手のほうは忘れてしまっているんだけど
僕はそれで実はほっとしているんだ。
ポカリスエット×1
イオンウォーター×3 全て900ml
なんかバー的な食べ物 6種類くらい
アンパン 5個セットのもの
板チョコ 1枚
ミレー 30lのカバン
帽子(NASA)
ヘッドライト (単4電池3本を交換した)
LOKI (持ってかなくてよかった暑い)
4本爪アイゼン(靴につけてても滑ってく箇所があった)
滑り止め付きの軍手(ステッキもいるかな、と思ったが買う気にならなかった)
車中泊、前泊して
明るくなってから山に登ろうと思った
でも駄目だった。駐車場の両隣に車が止まり
その車の中で人がもぞもぞ動いていると
もう気になって眠れない。
ヘッドライトの明かりを頼りに
僕は登り始めた
動機は早い
物陰から何か飛び出さないか
不安で仕方がない
熊も怖いが、幽霊も怖い
願わくば美人の幽霊に会いたいという気持ちはある
誰も登っていないのをいいことに
時折、わめいたり、歌を歌ったりしてみる
しかし、4時過ぎ二人組に追い越されてしまう。
まあ、素人なんだからこんなもんだよな。
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俺は本当に死にたかったのかな
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時折、濃い霧の中に入り、時折霧雨にさらされる
体温の低下を恐れて防水の服をいちいちリュックから出すが
面倒だし、ひたすら暑い。
たまにベンチみたいなところがあってそこに座って
水を飲む。重い。持ってくる必要があったのか?
それはこの時点では判らないことだ
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なんだHALじゃないですか。
いいえ
ああそうか。じゃあ君はIBMだね
……
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200メートル高度が上がるごとに
高度の書かれた目印がある(なんていうんだったか、思い出せない)
当たり前だけれど、同じ200メートルの高度でも
登る道が違えばかかる時間も変わってくる
それがイライラする
だいたい30分前後かかった。
ようやく、小屋が見えてくる。
そこをスルーして通り過ぎる。
看板によるとこの時点で工程の5分の3といったところか
7時前だ。
そして進む。ここまでくると妙に天気が良くなる。
いいことだけれど。
汗はもう止まらない。息は上がり続ける。
時々しんどくなって岩場に手をついて休む。
登り始めた以上、山頂に到達して、降りるという
正規の手順を踏むしかない
誰も助けてくれない。
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登山に限った話か。
君はいつだってそうだったじゃないか。
なんだい、君はまるで いややはりHAL、だな。
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死ぬかもしれないんじゃなかったのか。
少なくとも、辛いけれど、死を身近に感じるほどの危険性は
ないように思えた。ただしんどい。しんどい。
そうだね。人生のようにな。
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ムー、ムーと
何か鳴いている声がして
あたりを見回すと。
瓜ボウのような模様をした雷鳥(だと思う)
が高山植物の中から
頭を出していた。
僕にできることは何もないし
かける言葉も持たない。
僕は軽く手を振った。
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止めてくれよ。気味が悪い
辞めてくれよ。君が悪い
だからそう思って、僕は辞めるといったろうが、違うか
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鎖場が現れ始める。
夫婦で登っているらしき2人を
ヘルメットをかぶった団体に道を譲られる
道を譲られると急がないわけにはいかなくなる
急がなくていいといわれるけれど、そういうわけにもいかないだろう
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俺は何なんだろう
もうたださっさと登って帰りたいとしか思えなくなってくる
多分、いつものあの目をしているんだ、僕はきっと
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あと少しだ
岩場に矢印が10時に交差した看板が立っている
けれど何が書いてあったのか、読み取ることはできなかった
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え、なに。松商と長聖、そんなこと言われても
ああそうだよね、別に俺に意見を求めたわけじゃないよね
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9:15
たどり着いた。
空は晴れていた。
岩で囲まれた小さな祠があった。
ヘルメットを被った女の人に
写真を撮ってくれと頼まれる
もちろん取ってあげる
そして撮ってくれた
僕はその写真を心のアルバムに永久に封じ込めた
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棒状の固形食を摂り
これも水分も甘いものばっかでうんざりする
ラーメン食いたい。水を半分の工程まで来たという
単純な理由で残り2本まで減らす。
にわかに人が増えてきたので
降りることにする。
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正直に言おう。僕は心があまり動かなかったんだ。これは悲劇だろう。違うか
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降りる方向を間違える。
矢印の看板で分岐していたのだ。
馬鹿みたいに前の下山者についていった僕がばかだった。
1時間のロスだ。なんだってまた登んないといけないんだ。
降りる、降りる、降りる、 降りる
落ちる
滑落しかけて焦る
変に足をひねって焦る
木の根に足を取られて焦る
思ったよりも俺の体は頑丈なようだ
不思議だな。
死にたいんじゃなかったの?
君は嫌なことを聞くな
嘘つき
ただ確かなことは君への愛だけだね
まず舌を抜いてそれから始まる
すれ違う人に聞かれる
あとどれくらいかと、僕は腕時計で確認するが
ロスした時間が1時間くらいではっきりしたことが言えなくてもどかしい
どうやら僕の選んだルートはヘルメット着用するほどでもないらしい
ちらほら軽装の人を見かける
ステッキは持っているけど
登ったことをうらやましがられもして
僕は何と言っていいのかわからなかった
僕はそれよりも
****
あとどれだけ降りればいいんだ
道はこれで合ってんのか
無駄骨は嫌だ。
嫌だ、いやだ
結局、グルグル
考えているのはあの女のことだけだ
なあ、もう、お前らは俺に何をさせたかったんだ
みんなで俺をだましたかったのか
どうなんだよ
14時半下山。
何か変わったかな。
……
何もないね
何もないさ
俺に残っているものはもう何も
クマよけの鈴は必要だったかな
いや、だからさ
(終)
1. 無題