俺の家にならないかと思っていた家が壊されている
その家に住んでいるお婆さんを
2回助けてあげたことがある
1度目はテーブルをゴミ捨て場に持っていくところ
2度目はしっかりした洋服ダンスをゴミ捨て場に持っていくところ
テーブルは一度で済んだが
洋服ダンスはかなり細かく部品に分けてあり
4,5回くらい往復した覚えがある
何でお婆さんに気づいたかというと
どちらの時もめっちゃひきづっていて
ボロアパートの中まで音が聞こえてきたからだ
ここに来るような人なら、なんかあったよなあと思うかもしれない
そう、傍観者効果だ
こういう状況になるとわりと
積極的に人を助ける性質がある
そんなことをしても得にはならないし
お婆さんが困った老人を装った暗殺者の可能性もあるのでは?と
言われると何も言えないが
別にいい
中国の故事でも井戸に落ちかかっている
子供を助けるのは見返りを求めてのことではないというのがある
別に性善説を指示するつもりはないが
ただ自分だったら、子供が落ちかかっていたら助けるかもしれないが
自分みたいなおっさんが落ちかかっていても助けないだろうな
助ける理由は助けなかった後に罪悪感にさいなまれるのを回避するため
というのが一番正確だ
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お婆さん曰く、近くにできるマンションに引っ越すらしい(1年前くらいの話)
じゃあ、家はどうするんですかと聞くと(よだれを垂らしながら)
まあ、壊すことになるだろうねと言っていた
なんかまかり間違って
俺にくれないかなー
自分の家が欲しいけど金がないという
よくある状況なのだ
と内心思っていた
が駄目だった
家があれば妄想に浸ることもできるが
更地になってしまえば、さすがに無理だ
疲れた