今朝、アパートの廊下でひっくり返ってジタバタしている虫を見かけた。
あずき色をしたカナブンのような虫だ。正式な名前は判らない。
――正式な名前、人間のつけた正式な名前ーー
特に何もせず、出勤した。
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夜、帰ってきて廊下の先にクワガタがいることに気が付いた。
――クワガタだ。
そう思った。
それから、足元に今朝の虫がまだジタバタしていることに気が付く。
――彼(あるいは彼女)はずっとジタバタしていたのだろうか?
私は集合ポストに入っていた、役に立たないハガキを抜き出してそれですくい上げるようにして、彼の天地を戻してやった。
もしかしたら、ありがとう、といっていたかもしれないけれど、私には判らなかった。彼だって本当のところ、知ったことじゃないだろう。人間(偽物)の偽善に付き合わされてうんざりしたかもしれなかった。
そして私たちは判れた。それ以上特にすることもなければ、かわす言葉もない。
――はっきり言って、天地が戻ってしまえば大体の虫は私にとって脅威となる。さっさと逃げるに限る。
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――なあ、そいつは助けて欲しかったのかい。
――でも、ジタバタしていたんだ。同じ個体だとすれば、朝からずっと。
――似ていると思ったかい? 自分のようだと思ったかい? でもお前は誰も助けてくれないね。
――僕はすぐ諦めてもう動かなくなるだろう。そして動かないという行為によって、体はゆっくりと死んでいくんだと思う。だから、僕は彼とは違う。
俺はもう死んでいるだろうか。