暑くなってきたからだろう。
夜、することがなくて歩いていると、マンションの辺りで赤ん坊の声や
テレビの音、子供の声がはっきりと聞こえてきた。
(それで君は、腹を立てたのかい?)
いいえ、私はそうは思いませんでした。
ただ……もう、夏なんだって思いました。
(梅雨……いや、つまり君は窓を開けて過ごす人が多いってそう言いたいんだね)
はい、そうかもしれません。
**
道を歩いていて、月を見上げる。
半月に近い。
金星を探す。多分あれだ。でも月からは離れたところに位置している。
今はそういう時期なのだろう。
**
スーパーに行った。
マスクは車の中に置いていて、それで歩いて出かけた。
車を開けるのが面倒でマスクは持って行かなかった。
スーパーの中では皆マスクをしていた。
私はまるで露出狂のような気分になった。
これは嘘。
だって私は露出狂の人の気持ちは判らないから。
それに今はもう、マスクを外していても好きにしたら? という感じになったから。
風邪はひいていないし、咳払いもしない。
ただ、マスクはしていない。それだけ。
人類はコロナに勝ったんだ!
私はガッツポーズをしたくなったけれど、しなかった。
これも嘘。
私とガッツポーズは童貞とギャルのように遠く離れていて、きっと出会うことはないのだろう。
少なくとも、今のところは。
*
セルフレジが導入されて、仕事を失った人はどのくらいいるのだろうか。
そんなことを考える。
セルフレジの導入なんてなくても、よく首を切られる私がそんなことを考えるなんて
『まったく滑稽な話だ』
月に向かって呟く。
月は私を遠ざけるように、薄く雲がかかっていた。
それはまるでマスクのようだった。
(完)