男は天国(歩行者)での生活に慣れつつありました。
とはいってもほぼほぼ寝たきりでしたが。
メインクーンは弟ができたかのように、男を歓迎しました。男は猫が好きだったのでとても喜びました。
メインクーンはおじさんに、男をここにすまわせてやってくれ、といった視線をたびたび向けました。
おじさんとしてもそれはやぶさかではなかったのですが、いえこれは嘘ですね。やぶさかでした。
おじさんの死んだ子供、その子は娘でしたが、生きていればこの男くらいだったかもしれないし。おじさんは仕事の間、何日か帰らないこともあるんです、メインクーンに寂しい思いをさせるのも嫌でした。だからこの男がけがを直し、普通に働いてくれたら。
かつて、失ってしまった幸福な日々、その延長戦にあったはずの未来を見ることができるのではないか。そう思いました。
ですが、そう、やぶさか、と言いましたよね。
おじさんは戦争帰りでした。
そして男になにかそれに近いものを感じていたのです。おそらくこの男は元軍人か、元警察のなにかしらか、そんな気がしていました。それで自分がまきこまれるのは仕方がない、とおじさんは思いました。それだけの罪を犯してしまったと、どこかで常に思っていたからです。
男から感じる希死念慮じみたなにか、男の過去はメインクーンも危険にさらすかもしれない。それだけは避けたかったのです。メインクーンには何の罪もなかったからです。
だからけがが治ったら、男とは別れなければならない、これはお前のためなんだ、そう猫に言って聞かせました。
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男は暇さえあれば猫の毛を梳いてやりました。メインクーンの毛って長いんですよ。
猫は喜びました。男も喜びました。
でもあまりにも頻繁にするときは猫は男に怒って噛みつきました。
起きているとき、男と猫は兄弟のようでした。どちらかといえば猫の方が男に甘えていました。猫は男の膝に乗るのですが、メインクーンは大きいので体がはみ出してしまうんです。でもいいんです。猫にとっては男の膝に乗っているということが大事なのです。
猫は気持ちがいい時、ゴロゴロと喉を鳴らしますよね、この音にはけがを早く治す効果があるそうです。だから賢いメインクーンはゴロゴロ音を誘発することで男の怪我が早く治るように、と気を遣っていたのかもしれません。優しいですね。
でも怪我が早く治れば治るほど、男との別れも早くなってしまいます。そのことに猫は気づいていませんでした。
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男が寝ているとき、猫との立場は逆転しました。
猫は男を心配していました。
男には一度寝たらもう起きないような、そんな危うさがにじみ出ていたからです。だから猫はまるで親のようでした。