曇り空
喫茶店の外の席
正装した男がコーヒーを飲みながら、通りを眺めている。
この通りは広場に向かって続いている。
男は曇り空のように陰鬱だけれど、曇のであるからには真っ黒、というわけでもなかった。
外の席を選んだのは、待ち人を見つけやすくするためであろう。
それ以外にこの男が、目立つ場所、人目に付く場にわざわざ出ていくことに理由を求めるのは、困難だと、一目見てわかる。
*
男がコーヒーのおかわり、と固いパンを頼んだ。
おそらくはおかわりだけ頼むつもりだったのだろうが、店に悪いと思ってそうしたのだろう。
実際、男はときたま懐中時計のふたを開けたり閉じたりして、時間を確認してはいたが、どうにもそんなことに意味はないと判り切っているという具合だった。
つまり、彼は判っていたのだろう、最初から。
男がパンを小さくちぎりながら、通りを見ていると、ふと、声が聞こえた気がした。
(すみません。そこ、空いていますか)
丸テーブルの下をのぞき込むと、少し汚れた白い猫がいた。
男は向かいに、椅子があることを確認する。もちろん空いている、が、もし待ち人が来たなら、座ってもらうための席だった。
少し悩んだけれど、猫を座らせたからといって腹を立てるような人ではない。
むしろ、あのひとならば、とても喜ぶのではないかと思った。
だから、
「ええ、どうぞ」と男は答えた。けれど他にも空いている席はあるのに、疑問に思った。そしてすぐにわかった。
猫は音もなく跳躍して、男の膝の上に乗った。男は股を閉じて、両手で猫を支え落ちないように気を遣う。
(助かりました。疲れていて、休みたかったんです)
「構いませんよ」ちら、と店員を見やると、好きにしたら、とでもいうように微笑んだ。
「お店の人もいいって」
(よかった)そういうと猫は男の膝で丸くなる。
男はところどころ、毛についていた泥を撫でながら、落としていて気付いた。
「(この筋肉の柔らかさ、女性だ)」
(私はディートリヒ。広場を見たくて遠くの村から来たの)
「……ディートリヒ? お名前、ですか」
(おかしかったかしら。名前よ。名前がディートリヒ。ドもフォンもないわ)
男は博識ではないけれど、ディートリヒといえば一般的には男性の名前。一般的には、だ。
「ディートリヒ、という名前の女性には一度しかあったことがありません。
その人は、とてもきれいで、とても高潔な精神を持っている方でした」
(そう。会ってみたいわ。……私のことはディーと呼んでくれて構わないわ)
会ってみたい、と言ったとき、男が悲しい顔をしたのを猫は見逃さなかった。
「ディー……。あ、僕テオドリクスと言います。同じ意味ですね」
(フフ、王様の名前ね)
「僕のことはティーと呼んでください」
(ティー? テオドリクスでティー?)猫は少し納得いかないように欠伸をして、
(私はあなたをテオドリクスと呼ぶわ)